納品したものを見て、お客さまがそう言ってくださることがあります。
うれしい言葉です。でも、それで終わってはいけないと思っています。
働きながら、大学生になりました
私は高校を卒業して働きはじめたので、大学に行っていません。
けれど営業の仕事をしていた頃、通信制の大学に通っていました。
何かの資格を取るためではありませんでした。学位が仕事に必要だったわけでもありません。
ただ、もともと美術的なものが好きだったので、美術や歴史の科目を選んで取っていました。
仕事とは関係のない、自分のための勉強でした。
平日は泊りがけの出張も多く、残業もして、家で教科書を開く。よく続いたなと自分でも思いますが、当時は仕事とまったく違う頭の使い方をするのが、むしろ息抜きになっていたのかもしれません。
そこで、ひとつの言葉に出会いました。
使われるものこそ、美しい
柳宗悦という人が唱えた、「用の美」という考え方です。
民藝運動を起こした人で、その中心にあるのがこの言葉です。ごく簡単に言えば、「人々の暮らしの中で実際に使われること(用)」を目的に作られた日常の道具にこそ、真の美しさが宿るという考え方です。
飾るために作られたものではなく、毎日手に取られる道具。無名の職人たちが無駄を削ぎ落とし、使いやすさを極めた道具は、飾るための芸術品よりも力強く美しい。
教科書でこれを読んだとき、手が止まりました。
私が仕事の成果物に求めていたものは、まさにこれだったと分かったんです。
プロフィールにも記載しているように、今の私の根幹として、とても大切にしている考え方です。
それまで、自分がどういうものを良いと思っているのかを、うまく言葉にできていませんでした。きれいなものを作りたいわけではない。でも雑なものを作りたいわけでもない。その中間にある何かを目指しているつもりだったのに、それが何なのか自分でも説明できない。
「用の美」という3文字が、そこにぴったり入りました。
おしゃれでも、読めなければ届かない
この言葉を知ってから、自分の中の基準がはっきりしました。
たとえば、こういうものです。
配色が洗練されていて、写真も雰囲気がある。でも文字が小さくて、年配の方には読めない。背景と文字のコントラストが足りなくて、明るいところで見ると消えてしまう。
パッと見は、美しいんです。並べて見せられたら「こっちのほうがおしゃれ」と言われるほうです。
でも、成果物として生きていない。
読めないものは、読まれません。読まれなければ、何も伝わりません。伝わらなければ、その紙は何のために刷られたのか分からなくなります。
見た目の美しさと、使われるものとしての美しさは、別のことでした。そして私が求めていたのは後者だったのだと、この言葉で分かりました。
だから私はいま、文字の大きさやコントラストのことを、しつこく言います。
デザインの流儀としてではなく、使われるかどうかの話として言っています。
「可愛いのが出来て良かった!」で終わらせたくない
お客さまは、予算を考えてお金を出してくださっています。
ほかにも使いたいところがあるなかで、そこに回す判断をして、発注してくださっている。
だからこそ、納品して終わりにしたくないものがあります。
納品物を見て「可愛いのが出来て良かった!」と言っていただくことがあります。うれしい言葉です。作ったものを喜んでもらえるのは、この仕事のいちばんの報酬です。
でも、そこで終わってしまうのは、いちばん避けたい形です。
可愛いものが出来たことだけが成果なら、そのお金は効果を生んでいません。
パンフレットなら、渡した相手が社内で説明に使えたか。手順書なら、新しい人が見て作業できるようになったか。帳票なら、書く時間が実際に減ったか。
そこまで届いて、はじめて出したお金が働いたことになります。
私が「見やすさ」にこだわるのは、そこに理由があります。
見やすさは好みの問題ではなく、使われるかどうかを決める条件です。
読めない手順書は読まれない。読まれない手順書は、現場を変えません。
毎日手に取られるものを、整えたい
民藝でいう「用の美」は、器や道具の話です。
でも私は、この考え方がいちばん当てはまるのは、工場や事務所にある紙や仕組みだと思っています。
作業手順書。チェックシート。日報。受注台帳。掲示板に貼られた注意書き。
どれも飾るためのものではありません。
毎日、誰かが手に取って、見て、書き込むものです。
世の中で「いちばん使われているもの」の一つだと思います。
それなのに、整えられる機会がほとんどありません。
急いで作られて、そのまま何年も使われて、書き足されて、読みにくくなっていく。
私が手順書や帳票の仕事をしているのは、そこがいちばん「使われるもの」だからです。
きれいにしたいのではありません。使う人が困らない形にしたい。
それが「用の美」という言葉で私が受け取ったことです。
お客さまに「可愛いのが出来て良かった!」と言っていただいたあと、半年経って「あれ、まだ使ってるよ」と言っていただけたら、それがいちばんうれしいです。
次回はシリーズの最終回です。第1回に書いた、あの人と再会した話を書きます。


コメント