駐車場で、聞き慣れた声が聞こえた

第1回に書いた、あの人の話です。 会社を辞めてから、一度も連絡を取っていませんでした。

連絡を取らないまま、7年が過ぎました

このコラムの第1回に、こんな話を書きました。

会社の事務所で、当時の上役で現場をずっと見てきた人が、書類を見ながらぼそっと言った。
「赤は見えねえから、使わねえで欲しいんだよな」
あのひとことが、いまの私の仕事の原点になっている、という話です。

その後、私はその会社を辞めました。
辞めてから、その方とは一度も連絡を取っていません。
前の職場の人と、辞めたあとも連絡を取り合う。そういう関係を保っている方もいると思いますが、私はしていませんでした。特に事情があったわけではなく、ただ、それぞれの生活になっていったというだけです。

あのひとことがどれだけ自分の仕事を決めていたかを、私は分かっていました。
でもそれを本人に伝えようと思ったことは、正直なところ一度もありませんでした。

伝える手立てもなかったし、伝えたところで…という気持ちもありました。

ゴルフ場の駐車場で

退職してから7年ほど経っていたある日、ゴルフ場の駐車場。
お風呂から上がり同伴の友人と駐車場でお喋りをしていた時のこと。

「そんじゃ、お疲れさんねー」と聞きなれた、あの独特なイントネーション…

あれ?と思い振り返ると、なんとその人が、そこにいました。

正直に言うと、声をかけるべきか迷い、すぐには声がかけられませんでした。
7年です。相手は私を覚えているだろうか。覚えていたとして、辞めた人間に話しかけられて、困らないだろうか。
そういうことが、数秒のあいだに頭を巡りました。
それでも、やはり今の仕事のヒントを与えてくれた人という事実に背中を押され、勇気を出して声をかけたところ…
「おぉぉ~なんだよ~覚えてるよ~」と、あの頃と変わらないイントネーションで答えてくれました!

そこから、ゴルフ仲間になりました

それを機会にラウンドをご一緒させていただくようになり、さらに3年ほど経った頃、やっと伝えたい言葉をお伝えしました。

「私がいまこの仕事をしているのは、あのとき言っていたことがヒントなんですよ」

返ってきた言葉は、第1回に書いたとおりです。

「俺、そんなこと言ったか?!」

笑われました。

言った人が忘れていることが、誰かの仕事を決めている

この話を最終回に置いたのは、シリーズの締めくくりとしてちょうどいいと思ったからです。

6回にわたって、自分の経歴の話を書いてきました。
工場内でのちょっとした独り言、帳票を書き写していた日々、会社案内をもらい集めたこと、美大を出ていないこと、通信制の大学で出会った言葉。

順に書いてみて、自分でも思ったことがあります。

どれも、自分で選んで手に入れたものではありませんでした。

配属で決まった仕事。会社の閉鎖。誰かの独り言。ユニバーサルデザインの説明会の席。言われてはじめて気づいた自分の強み。

計画して積み上げた経歴ではありません。その場にあったものを拾いながら来ただけです。

ただ、ひとつ言えることがあります。

自分が何に反応するかは、あとになってしか分からない。

あの独り言を聞いたとき、私は何も感じていませんでした。それが数年後に説明会の席で戻ってきて、仕事の方向を決めることになった。

言った本人は覚えていません。聞いた私も、その場では気に留めることもありませんでした。

それでも、残っていたんです。

だから、話を聞かせてほしいのです

私がいま工場や事務所にお伺いして、いちばん時間をかけているのは、話を聞かせていただくことです。

資料を見れば分かることは、資料を見れば分かります。
でも本当に困っていることは、たいてい資料に書かれていません。

「これ、毎回面倒なんだよね」 「まあ、慣れちゃったけどさ」 「前からこうだから」

そういう言い方で出てきます。相談として出てくるわけではなく、作業の合間の独り言として出てきます。

その独り言が、いちばん大事なんです。

私はそれを、身をもって知っています。
何年も経って忘れられていた独り言が、私の仕事を作ったのですから。


6回にわたってお読みいただき、ありがとうございました。

このコラムでは、これからも現場でお聞きしたことや、手順書や帳票を整えながら考えたことを、ぽつぽつと書いていこうと思います。

もし、お読みいただいて「うちにも似た話がある」と思われたら、ぜひ聞かせてくださいね。

このエピソードが今の私の原点になっているので、ぜひ第1回をお読みになってみてください。

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