言われたときは、言い返せませんでした。事実だったからです。
ずっと、うしろめたさがありました
私はデザインの仕事をしていますが、美術大学を出ていません。
たまたまパソコン作業に明るかったため会社に入ったらデザイン作業の担当になり、そこで仕事を覚えました。
学校で理論から学んだのではなく、現場で手を動かしながら身につけた道のりです。
このことは、長いあいだ私のなかのうしろめたさでした。
同じ仕事をしているのに、通ってきた道が違う。
その差を、誰かに指摘される前から自分で意識していました。
一度、面と向かって言われたこともあります。
「美大も出てないのね」
嫌味でした。言い方で分かります。
そして私は、言い返せませんでした。事実だからです。事実を指摘されているので、反論のしようがない。
あのときの、何も言えずに黙っていた感覚は、いまでもはっきり覚えています。
だから、経歴を隠していました
独立したとき、私は自分の経歴のうち、ある部分を意図的に言わないようにしていました。
製造業で営業をしていたことです。
デザイナーとして名乗って仕事を取ろうとしているのに、その前の経歴が工場関係の営業だと知られたら、デザインの実力を疑われると思っていました。
美大を出ていないことに加えて、直前まで別の業界にいた。
それはもう、弱点が2つある状態だと思っていたんです。
だから、話しませんでした。聞かれれば答えますが、自分からは出さない。プロフィールにも書かない。
「デザインの仕事をしていました」というところだけを使って、その前後をぼかしていました。
いま振り返ると、自分がいちばん持っているものを、自分で隠していたことになります。
「どうして、それを前面に出さないの?」
転機は、ある人との会話でした。
昔からの知り合いに、ビジネスのコンサルタントをしている人がいます。
独立したあと、久しぶりにゆっくり話す機会がありました。
私はそのとき、近況を順に話しました。もちろん「美大も出てないのね」と言われてしまったことも。
昔からの知り合いですから、営業をやっていたことも知っています。
そうしたら、こう言われました。
「どうして、それを前面に出さないの?」
私は意味が分かりませんでした。それとは、どれのことだろう、と。
「大手の素材メーカーで営業をやって、そのあとデザイナーとして独立している人なんて、本当に少ないはずだよ」
はっとしました。
私はそれを、デザイナーとして不純な経歴だと思っていました。
でも言われてみれば、たしかにそうなんです。
デザインができて、なおかつ製造業の営業の現場を知っている人は、そんなにいない。
工場の朝の空気を知っている。現場の人がどんな言い方をするか知っている。決裁がどこで止まるか知っている。帳票を何度も書き写す苦しさを、自分の手で経験している。
それは美大では学べないことでした。
私はずっと、足りないもののほうを数えていたんだと思います。持っているもののほうを数えたことがなかった。
いまは、堂々と伝えます!
そこから、私は隠すのをやめました。
いまは、自信を持って伝えることができるようになりました。
製造業で営業をしていました、営業事務もしていました、と。
言うようになって変わったことがあります。
工場や事務所にお伺いしたとき、話が早いんです。
「デザイナーさんが来た」から始まると、相手はきれいなものを作る人として構えます。
でも「営業をやっていました」が先にあると、同じ側の人として話してくださる。
現場の方が「これ、本当は困ってるんですよ」と言ってくださるまでの時間が、明らかに短くなりました。
美大を出ていないことについても、いまは特に思いません。
学校で学んだ人は理論を持っています。
私は現場を持っています。
持っているものが違うだけで、どちらが上という話ではなかった。
そう思えるようになったのは、隠すのをやめてからです。
自分の経歴を、自分で低く見ていないか
この話を書いているのは、昔の自分に似た人が、たくさんいると思うからです。
工場にお伺いすると、こういう方によく出会います。
「私は専門じゃないので」と前置きしてから、いちばん的確なことを言う方。
「詳しくないんですけど」と言いながら、その作業をいちばん長くやっている方。
資格や肩書きがないことを理由に、意見を最後まで言わない方。
その方たちが持っている「毎日その仕事をしてきた」という経験は、外から来た誰にも代えられません。
私はそれを聞かせていただくために現場に行きます。
肩書きにならない経験は、価値がないわけではありません。言葉にされていないだけです。
私は自分の経歴を、人に言われるまで低く見ていました。だから、人に言ってもらえた幸運を知っています。
もし言ってくれる人がまだいないなら、先に自分で数えてみてください。
足りないものではなく、持っているもののほうを。
次回は、通信制の大学で「用の美」という言葉に出会った話を書きます。


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